めのキッチンの美味しい生活

めのキッチンで実践して効果が出た「家庭でできる通風ケア料理」と「プリン体の減らし方解説」。また、普通食の創作料理を紹介しています。

郷土玩具の思い出とアレンジ料理#私の生き方#よもやま話

キャベツ3玉もあるという贅沢。毎日キャベツ三昧。

退院後に風邪で寝込んでいたので食材はますます枯渇してしまったので買い物に行き、キャベツを買って帰ったら、それから三日と立たずにキャベツが2玉やってきたという状態でした。

同じ理由で卵も特売でしたからつい、2パック買いましたら、それを食べきらないうちに、ご近所から1パックいただきました。

そういうわけで、とにかく使いたかった卵とキャベツと思っていました。

ここで急に話が変わるようですが、私がかつて天職だと思っていたある仕事。

その仕事に就くための資格取得の勉強をしていた時、課題として一つの郷土玩具を与えられたことがありました。

右も左もわからなくて当然の学生の頃でしたが、その時、文化のジャンル問わず、自分の眼力も研究者としての力も、それらを保存管理する知識、とにかくすべてに対する心意気みたいなものも含めて、自分に力が無いことを突き付けられた気がしたのです。

その後、資格を取得し、非正規雇用ながらも文化の仕事に携わることができ、専門分野に限らず色々な分野で経験を積み、その中で今の生き方の基本ができてきたという気がしています。

「人そのもの」を大切にすること、「人の心」と「人の心」を繋ぐこと。

我が家の事情により仕事も続けられなくなって業界から離れてしまいましたが、今は別ジャンルのカウンセリングでそれらが活きていますし、自分の日々の生活の基礎的なスタンスになっています。

近頃はブログのお付き合いの中で出会った、郷土玩具を集めて紹介していらっしゃるぽぱいさんのブログを楽しく拝見させていただいています。

郷土玩具の「美」もいつの間にかわかるようになっていて、心から楽しめるようになりましたし、天職とまで思っていた仕事に未だ思い入れも懐かしさもあります。

先ずは自分の無力さを思い知ることが大切で、その上で目の前のものに真摯に向き合うことが大切です。

その初心に立ち返るという意味をも噛みしめながら拝見しています。

そのぽぱいさんが居酒屋を紹介していらっしゃる別ブログがありまして、その中の「徳田酒店 有楽町店/雰囲気抜群! 」で紹介されていた料理を見て、作ってみたのがこの料理です。

紅生姜入り卵焼きの千切りキャベツ包み

紅生姜入り卵焼きの千切りキャベツ包み
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紅生姜入り卵焼きの千切りキャベツ包みの痛風ケアメニュー

紅生姜入り卵焼きの千切りキャベツ包みの痛風ケアメニュー

紅生姜入り卵焼きの千切りキャベツ包み
カニ蒲鉾と黒豆の和え物
ズッキーニのスパゲッティサラダ
もやしの和え物
米麹漬け
菊芋と大根と人参とエノキダケと葱の味噌汁
白米ご飯2杯

 

生のキャベツの千切りの上にかに玉のような紅生姜入りの卵焼きがのっています。

先ず、一口分だけ作って見て味見しました。

美味しいです。キャベツは本当に細く細く切ったほうが相性が良いです。

ただ、問題が一つ。

お隣さんの好みを鑑みるに、酒の肴としては最高ですがご飯のおかずとしては成り立たなさそうで、キャベツの上に卵がのっている形では卵とキャベツを一緒に口に入れてくれないと思われます。

でも、いつものようにキャベツを炒めてオムレツにしたら、それはそれで美味しいけれども新しさの無い料理になってしまいます。

お試し品を一口分ずつ作って味見を繰り返して、これにしました。

キャベツをほんの少しだけ強火でさっと炒めてみました。

しんなりする一歩手前で、歯ごたえがしっかりありますが、生のように口の中で刺さらない程度で最終段階で仕上がるタイミングを見計らって炒めるのをやめます。

卵に入れたのはとことんシンプルに出汁と紅生姜。ただし、おかず感を増すためにお隣さんの分だけには醤油も少々入れました。

卵焼きでキャベツをサンドするように包んで、キャベツの半生感が残るように手早くまとめ上げてお皿に移しました。

卵とキャベツの一体感もおかず感もあり、生のキャベツの良さも炒めたキャベツの風味と舌触りもあり。

生キャベツと紅生姜入り卵焼きを一緒に食べる料理がいくら美味しくても、私がとても気に入っていても、食べる人の目的(肴ではなくおかず)や好み(生野菜は添え物という固定概念)に合わせて変化させます。

自分のこだわりの部分から少し離れて俯瞰的に見て、視野を広げて自由度を加え、相手に無理なく伝わるようにしていく。

今の私はそういう生き方が心地よいと思っています。

その生き方の感覚の兆しは、マイナー過ぎてどこにも資料も手掛かりも無かった郷土玩具の必要性や魅力を書いて残すという、あの時の難題から始まったと思っています。

世の中のモノ、世の中の人。どこにも魅力のない不要な存在はありません。

モノは人が作ったもの。作った人の心を宿すモノ。

その人を、その人の心を大切にする。

人そのものを尊重する。

それよりも大切なことって何にも無いな~というぐらいに思っている今日この頃です。